PLANET OF THE APES 猿の惑星

久しぶりに懐かしい『猿の惑星(PLANET OF THE APES)』(1968年 アメリカ フランクリン・J・シャフナー監督)を鑑賞した。

十八年程前にテレビ放映されたビデオを我が家の収納ラックにしまってあった筈なのだが、何年か前に他の映画を上書き録画してしまい、なくなってしまっていた。仕方がないので、レンタルビデオショップから借りてきた。

核戦争をテーマにした草分的な作品である。本作の後に類似したさまざまな映画や漫画、小説などが発表されたように思うが、それだけ影響力のある作品なのだと今更ながらつくづく感じた。

印象に残ったのは、エンディングの海岸で半分地中に埋まった「自由の女神」と、その前で宇宙飛行士テイラー(チャールトン・ヘストン)が悲嘆にくれるシーン。強烈な反戦メッセージが此処にある。

また、三百光年の宇宙の旅を終えて、未知の惑星に不時着したとばかり思っていた彼ら(宇宙飛行士たち)が足を踏み入れたのは二千年後の地球だった、というシチュエイション。まさに壮大なスケールだが、才能がある人のイマジネーションは我々凡人の想像力の域を遥かに超えている。

そして、二千年後の地球はヒトとサルが逆転しているという発想。四十年前の作品とは思えないリアリティーと瑞々しさに溢れており、温故知新の重要性を改めて感じた。

二千年後の世界がサルが支配していようが、ゴキブリの天下になっていようが興味は無いが、権力闘争に明け暮れ、私利私欲に走ってばかりいると、取り返しがつかない悲劇がやって来るのではないか、という警鐘なのだと痛感した。

2008年11月09日

今日の一言: 五十になると「命を知る」。命というのは絶対的作用である。どんなのんき者でも、五十の声がかかれば、自ずから結論らしいものを持つようになる。