DREAMING GIRL 2

将来を約束されたエリートの婚約者がありながら、夢を追う恋人に 付いて行く生活を選ぶ女性を描くことをコンセプトとし、真の幸福 とは何か、真の豊かさとは何か。何事においても両親の教えに従順 に生きてきたヒロインが、人生の岐路に立ったとき初めて強い自己 主張と決断をするプロセスを書こうと考えました。

日々お金が全てだと感じ、大切な時間をひたすら労働に費やし、夢 を追い続ける余裕すら持てないサラリーマンやOL諸氏に読んでいた だき、夢を追い生活を楽しむことの素晴らしさを感じていただけれ ば幸甚です。

DREAMING GIRL 2

10月初旬、金曜日の深夜。

真理子は世田谷にある自宅の自室でパソコンに向かっていた。開け 放った窓からは時折涼しい微風が入ってくる。その度にレースのカ ーテンが揺れていた。

自宅は両親と大学生の弟の四人が同居しているが、3階建てという こともあって広さにはゆとりがあった。 彼女の部屋は2階のフロアを独占していた。バスルームも化粧室も各 フロアに独立して設置してあり、1階は両親が3階は弟が使っていた。

彼女はパソコンを中断して、化粧室の全面鏡の前まで歩いた。リラ ックスできる部屋着を着た23歳になったばかりの自分が映っていた。 短大を卒業して六本木のテレビ局に通勤するようになってからも、 化粧はほとんどしていないが、それがかえって素顔の美しさを際立 たせている。

身長162センチ、スリムな身体と長い脚。身長はさほど高くはないが、 卵形の小さな顔と均整がとれた身体だから背が低くは見えない。彼 女を小柄だと言う人はいないだろう。

彼女はライティングデスクに戻り、パソコンに向かった。メールを チェックしたが、通販のダイレクトメールが数通来ているだけだっ た。

婚約者の菅原隆一からの連絡は今日も無い。大学病院の内科医師と して、ハードな仕事をこなしているのだろう。以前、彼は「寝る時 間以外は仕事だよ」と自嘲気味に話していたことがあった。 彼とは半年前にお見合いをして、婚約者として付き合ってはいるが、 彼女は淡い幻滅感が払拭しきれていない。両親が祝福すればするほ ど結婚に対する気持ちが沈んでいくような感じがあった。勤務先の 同僚に話すと「マリッジブルーなんじゃないの?」と一笑に付され てしまった。

彼女は階下に降りると、ダイニングの冷蔵庫から冷えた白ワインを 取り出した。両親は既に休んでいる様子で物音一つしなかった。週 末のせいか弟はまだ帰宅していない。

彼女はワインを持って2階に引き返した。 ライティングデスクに戻り、パソコンに向かった。ワインを飲みな がら、検索エンジンにお気に入りのマリンスポーツに関するキーワ ードを入れてネットサーフィンを始めた。

次々に表示されていくウィンドウの中に『映像作家・多賀駿の公式 サイト』というのがあった。サイト自体の作りはいたってシンプル で凝っているわけではないのだが、世界の数々のビーチの波の動画 が音声付で紹介されていた。思わず海の中に居るような錯覚に捉わ れるほどのリアリティーがあった。 トップページには多賀の顔写真付きのプロフィールが載っていた。 『33歳、東京都出身。新進気鋭の映像作家。ジャーナリストの多賀 啓太郎氏を父に持つ。波のパワーに魅せられ、世界中のビーチを撮 影し、原稿執筆に明け暮れる毎日』とある。 陽に焼けた浅黒い顔は33歳でも少年の面影を宿していた。彼女はそ のサイトをお気に入りに追加した。 彼女はワインの仄かな酔いも手伝って、悪戯心から以下のようなメ ールをサイト内の『お問い合わせ』から打った。

多賀駿 様

はじめまして!23歳の夢見る乙女(?)です。 素敵な波の動画ですね。私もマリンスポーツが大好きです。 お友だちになれたら嬉しいです。 ちょっと恥ずかしいけれど、顔写真も載せちゃいます!

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遠藤真理子

TEL・FAX/03-××××-××××

H・P/090-××××-××××

MAIL/××××@××××

ADD/〒154-××××

東京都世田谷区××××

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多賀は真理子のメールを日本時間の翌日に読んだ。 彼はその日ワイキキの波の撮影を終え、仕事場のひとつにしている 38階建てのコンドミニアムの最上階で、サンセットを見ながらメー ルチェックをしていた。 ウェブサイトにメールアドレスを公開しているため、多い日には100 通近いメールが入る。大半が迷惑メールでゴミ箱行きなのだが、中 には仕事関係の情報や、熱心なファンからの応援メッセージがある ので、メールチェックは日課となっていた。 彼は真理子の写真を見て不思議な気持ちになった。初恋の人に会っ たような懐かしさだった。彼は次のような返信メールを彼女に打っ た。

遠藤真理子 様

メールをありがとうございます。

夏を追いかけて、地球の南半球と北半球を旅する生活を始めて11年 目になります。

>素敵な波の動画ですね。私もマリンスポーツが大好きです。

サイトの動画はいずれもボードに乗りながら、水中カメラで撮影し たものです。

>お友だちになれたら嬉しいです。

私は今ハワイに滞在していますが、そちらの火曜日には一時帰国し ます。ご都合がよろしければ是非お会いしたいです。

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株式会社 ジャパン・ウェーブ・ソサイティー 代表 多賀駿

(×××@×××)

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〒106-×××× 東京都港区六本木××××

TEL:03-××××-×××× FAX:020-××××-××××

Handyphone:080-××××-×××

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真理子が多賀の返信メールを読んだのは日曜日の朝だった。返信が 来るとは思っていなかった彼女は少なからず驚いた。

彼女はその日、菅原と久しぶりに会う約束をしていた。昨夜、彼か ら電話があり、デートの誘いを受けたのだ。 午後1時、彼女は彼との待ち合わせの場所へと赴いた。秋雨前線の 影響で、今にも降りだしそうな天気だった。少し肌寒いので、スト レートのブルージーンズに生成りのポロシャツ、パールピンクのニ ットカーディガンを羽織った。以前、彼から誕生日にプレゼントさ れたダークブルーのスウェードのローパンプスを履いていた。待ち 合わせの場所は都心のA大学の正門前だった。 彼は彼女が来る10分ほど前に少し離れた路上で、愛車のアウディー のステーションワゴンに乗って待っていた。29歳。身長は170セン チと小柄だが、ホワイトアウトしたブルージーンズにアイシーグレ ープのウィンドブレーカーを羽織った格好はスポーツ選手のように も見える。彼は彼女を見ると、軽くクラクションを鳴らした。彼女 は彼のステーションワゴンを見ると、歩み寄って来た。彼は運転席 から降り、助手席のドアを開け、彼女を招き入れた。 助手席のドアを閉め、運転席に戻ると静かに車を発進させた。

「久しぶりなのに、あまり嬉しそうじゃないね」 彼は運転しながら独り言のように言った。

「どうして?そんなことはないわよ」 彼女は微笑した。

「しきりに後悔していた」

「何を?」

「俺はなんていう大馬鹿者なんだろうってさ」

「どうして?」

「君ほどの美しいフィアンセがありながら、仕事にかまけて連絡も していなかったから・・・」

「気にしないで。待つのには慣れているから」 彼女は車窓から、日曜日の都心の喧騒を眺めながら言った。

「雨が降りそうだわ」

「秋雨前線が関東近辺に停滞しているらしいよ。朝のニュースの天 気予報で言っていた」

「どこへ行こうとしているの?」

「考えていたところだ」

「海が見たい」

「お腹は空いていないのかい?」

「今日は遅くに食べたから、まだいい」

「OK」

どこに行くかを二人で話し合い、一番近い逗子にしようということ になった。 曇天の日曜日の午後ということもあって、逗子までの自動車道は驚 くほど空いていた。 逗子のインターチェンジを降りた頃から小雨が降り出した。

「秋雨の海なんて、ちょっと物悲しいね」 運転しながら彼が言った。

「そうかしら。私は好き。夏の海も好きだけど、誰も居ない秋の海 も素敵。雨は嫌だけれど・・・」

本降りになってきたので、逗子マリーナの駐車場に車を停めた。駐 車場はほとんど車が停まっていなかった。 フレンチレストランがあったので、遅めの昼食をとることにした。 レストランは閑散としており、シーズンオフのリゾートホテルのよ うだった。 広い店内に客は数組で、二人は海がよく見える窓側の席にテーブル を挟んで座った。 魚介類のパスタや小魚のマリネなどのコースメニューがシェフのお 薦め料理になっていたので、それぞれに注文し、彼女はワインを彼 はノンアルコールビールを先に持ってきてもらうように頼んだ。 二人は飲み物が来るまでの間、無言で雨が降る海を見た。

コース料理をとり終えると、午後5時を回っていた。雨は小雨になっ ていた。

「これからどうしようか?」 エスプレッソのデミタスに口をつけながら彼が言った。

「隆一さんはどうしたいの?」 彼女はデザートの野いちごのタルトを食べながら、紅茶を飲んだ。

彼は少し考えてから「寝たい」と低い声で言った。

「悪いけれどそんな気分じゃないの」 彼女は淡く微笑した。

彼は小雨が落ちている海原を眺めながら、口元をナプキンで拭った。 「機嫌を損ねてしまったかな」

彼女はそれには応えず、静かに紅茶を飲んだ。 「一番近い電車の駅に送ってくださいますか?用事を思い出したか ら帰ります」

「そういうことか、解ったよ。送るよ」 彼は穏やかな表情で言った。

駐車場から駅に彼女を送るまでの間、彼は彼女が気分を害したと思 われるあらゆる理由を問いかけ、謝り続けた。

「ごめんなさい」 彼女は駅に着くと、彼に向かって静かに言った。

午後7時過ぎ、彼女は自宅に戻った。何か言いたそうな両親を居間に 残し、まっすぐに自分の部屋に向かうと、ドアをロックし、ベッド に突っ伏して思い切り泣いた。 気が済むまで泣くと、バスルームの浴槽に湯をはり、時間をかけて 湯に浸かった。

バスルームから出ると、バスローブを羽織り、ライティングデスク に向かいパソコンを起動させた。 彼女は多賀のメールを何度も読み返し、彼に次のようなメールを返 信した。

多賀駿 様

お返事をいただき、ありがとうございます。 お返事をいただけるとは思っていませんでしたので、正直驚いてい ます。

>私は今ハワイに滞在していますが、そちらの火曜日には一時帰国し ます。

>ご都合がよろしければ是非お会いしたいです。

驚いたのはそれだけではなく、多賀さんの会社が私の働いている会 社と同じビルだということです!

火曜日は仕事で会社の受付におりますので、見かけたらお声掛けく ださい。私の会社は○Fの○○○テレビです。

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遠藤真理子

TEL・FAX/03-××××-××××

H・P/090-××××-××××

MAIL/××××@××××

ADD/〒154-××××

東京都世田谷区××××

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翌日の月曜日の昼休み、真理子は勤務先のパソコンで個人メールのチ ェックをした。深夜に多賀から次のようなメールが入っていた。

遠藤真理子 様

メールをありがとうございます。

>火曜日は仕事で会社の受付におりますので、見かけたらお声掛けく ださい。

>私の会社は○Fの○○○テレビです。

明日は昼過ぎ頃、会社に出ます。お会いできるのを楽しみにしてい ます。

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株式会社 ジャパン・ウェーブ・ソサイティー 代表 多賀駿

(×××@×××)

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〒106-×××× 東京都港区六本木××××

TEL:03-××××-×××× FAX:020-××××-××××

Handyphone:080-××××-×××

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多賀のメールには、海外のビーチで波の撮影をする彼の様子を捉え た動画が添付されていた。 彼はコバルトブルーの空の下、エメラルドブルーの巨大な波に小型 の水中カメラを携えてパドリングしていた。数人のサーファーが先 を争ってテイクオフしようとする瞬間を彼はボードに腹這いになっ て撮影していた。

翌日、真理子はどきどきしながら出社した。午前10時から勤務に入 ったのだが、いつもより時間が経つのが遅いように感じた。

午後2時過ぎ、一人の男性が受付に現れた。176センチ位で痩身、日 焼けした端整なマスク、黒いタートルネックのセーターに黒いスー ツを纏い、カリスマ性をギラギラ放っていた。 真理子は一見してすぐ多賀だと判った。 彼はにこやかな表情で彼女に歩み寄り、名刺を差し出した。

「はじめまして、多賀です」

「こちらこそ、はじめまして。遠藤です」

「今晩、夕食でもご一緒しませんか?」

「はい」

「仕事が終わったら、携帯に電話をください」

彼はそれだけ言うと、踵を返して歩み去った。

午後6時、真理子は多賀に電話をし、勤務先のビルに程近いホテル のバーで待ち合わせの約束をした。 30分後、彼女がバーに訪れると、彼はウェイティングのカウンター で待っていた。趣味の良いジャズがほどよい音量で流れていた。 二人は簡単な自己紹介をし合い、飲み始めるとすぐに打ち解けた。 彼女のいでたちは、偶然黒を基調としたシックなスーツだった。 二人はよく似合っていた。

彼はビールを、彼女はカンパリオレンジを飲んでいたのだが、彼は ウォッカのボトルを取った。

「美味しいお酒の飲み方を知っていますか?」

「好きな人と飲むことですか?」 彼女は早くも酔いが回って饒舌になっていた。

「それはそうだけれど・・・・」 彼は苦笑しながら続けた。

「ストレートで飲むことです。口に含んだら、口腔全体で味わいま す。チューインガムを噛むように」

「そんなことしたら、酔っ払ってしまいま〜す」

「次に良い氷が入った良い水を口に含みます。これも口腔全体で味 わって、口腔全体をニュートラルに戻します」

「多賀さんは私が酔ったら介抱してくれますか〜」

彼は聞こえない振りをして続けた。 「それでは実践です」

そのまま二人は飲み続け、ボトルを一本空けてしまった。時間は午 前零時を回っていた。 途中で、彼は彼女に帰宅するように忠告したのだが、彼女は「帰ら ない」と言い張った。彼女は泥酔状態でホテルに部屋を取った。

翌朝、二人は裸でベッドの中にいた。厚いカーテンが朝の眩しい陽 光を遮っていた。ベッドの中は暖かく快適だった。二人はお互いの 身体の馴染み具合を何度も確認した。

「今日の仕事はどうするんだい?」 彼が聞いた。

「風邪をひいたことにして休んじゃう」 彼女はシーツに包まりながら言った。

「生まれて初めて幸せを実感しているんだから・・・・・」

                                 

2005年11月20日

今日の一言: 余暇の過ごし方はどう変わるか?