"ウスバカゲロウの飛翔"
この度、「まぐまぐプレミアム」より新作メールマガジンを発行することになりました。
第五十一回群像新人文学賞応募作品です。著者の高校時代の回想録であると思われ、変質的な自己顕示欲を誇張して描いています。幻想と現実の狭間で懊悩し、精神疾患に陥り、やがては絶命するに至る片田舎の青年の短い夏を表現しました。
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ウスバカゲロウの飛翔 サンプル版
麗澤檸檬
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二人は家を出ると、暑い午後の日差しの中を無言でバス停まで歩き、バスに
乗って七夕で賑わう市街地に向かった。身長百六十五センチと小柄な彼だが、
幾分猫背気味になっているせいか、美枝子には自分と変わらないように感じた。
「なんだか、疲れているみたいね?」
バスに乗り、隣同士に座ると、彼女は彼に言った。
「そんなふうに見えるかい?」
彼は虚ろな表情で応えた。
「最近、ほとんど寝ていないからじゃないかな」
「寝ないで受験勉強しているの?」
「毎晩、全世界からの喝采を浴びているんだよ」
「何それ?ラジオの深夜放送?」
「ぼくは選ばれた人間なんだ。ぼくの部屋は世界の中心だから、秘密に何
百人もの報道陣が常に監視していて、ぼくの発想が電波に乗って流れるたびに
フラッシュが焚かれたり、喝采やどよめきが起こったりして、とても眠れる環
境ではないんだよ」
彼はうわ言のように一気に言うと、目をつぶった。
彼女はそれを聞いた途端に背筋に悪寒が走るのを感じた。彼が話している内
容も変だったが、さらに変なのは時折向けられる彼の自分への視線だった。彼
女は彼の視線が何を意味しているのか分からなかった。彼女は気持ちを落ち着
かせるために、バスの車窓から外の景色を眺めた。バスは市街地に入り、夕方
の西陽が当たった街は七夕の飾り付けが美しかった。
二人は終点の長野駅前でバスを降りると、喧噪の街を歩き始めた。浴衣姿の
若い女性や甚平姿の年配の男性などが七夕の飾り付けがされた街をそぞろ歩い
ており、信濃の短い夏の夕涼みを楽しんでいた。彼女は無言で前を歩く彼の後
姿を見た。黒い学生ズボンに赤い半袖のTシャツ。お世辞にもお洒落とは言え
ないあか抜けない格好だった。雑踏の中を駅前から中央通りを通り、善光寺ま
で歩いた。
「少し疲れたから、休まない?」
善光寺の境内で、ハンカチで汗を拭きながら彼女は前を歩く彼に言った。
彼は彼女の声が聞こえていないかのようにそのまま歩いて行き、鳩が群がる
境内のお清めの水を柄杓で掬うと、喉を鳴らして飲んだ。
「そんな水、汚いじゃない!」
彼女は小走りに彼に走り寄ると、柄杓を取り上げた。
「一体どうしたの?変なことを言ったり、したりして、自分でおかしいと
は思わないの?」
彼は虚ろな表情で、口から水を涎のように垂らしていた。
「この水は全智全能の神が、ぼくにだけ齎してくれた聖なる水だよ。喉が
渇いただろう?ぼくが神のお許しを得たから、君も飲まないか?」
彼女は思わず泣きたい衝動に駆られた。すぐにでも家に帰りたかったが、彼
をこのままにしておくのは危険だと感じた。時折抗う彼の手を引っ張って雑踏
の中を駅前まで戻り、タクシーを拾うと、彼の自宅まで同乗した。彼の家に着
いたのは午後六時を回っていた。
「絶対におかしいと思います」
彼女は応接間に通され、今日の彼の言動や行動について母親に一頻り報告
した。
「ここまで送ってくださってありがたく思いますけれどね・・・・・・」
母親は顔を曇らせながら、徐に口を開いた。
「美枝子さんの思いすごしじゃありませんこと?私は単なる受験勉強疲れ
だと思いますけれど・・・・・・。家でもたまに変なことを言ったり、したり
していますけれど、貴志の勉強量は半端じゃありませんのよ。わざと変なこと
を言ってみたり、してみせたりして、ストレスを発散しているんじゃないかし
らね」
「私はそんなふうには思えません」
勝気な彼女は語気を強めた。
「病気かもしれないと思います。お医者さまに受診された方がいいと思い
ます」
「病気?」
母親は眉をひそめた。
「何の病気だとおっしゃるの?」
「精神を病んでいるのではないかと思います」
彼女はきっぱりと言った。
「人聞きの悪いおかしなことをおっしゃらないで!何を根拠にそんなこと
を・・・・・・。息子が病気かどうかは母親の私が一番よく分かります」
「聞いてください。このままでは取り返しのつかないことが起こる予感が
するんです」
「お帰りください」
母親は静かに言うと、奥の間に行き、封筒を持って戻ってきた。封筒を彼
女に差し出した。
「これは今日のお礼です。あなたのことは、私は私なりに感謝しています。
でも、貴志は今が一番大事な時なの。今日のことは決して誰にもおっしゃらな
いで」
「私はこんなものを貰うために来たんじゃありません!」
彼女は言い捨てると、彼の家を飛び出した。
打ちひしがれた思いで、薄暗くなった道をバス停まで歩いた。とめどもない
涙が頬をつたった。今日のために着るのを楽しみに待っていた浴衣さえ、今の
彼女には悲しみを増幅させるだけだった。バス停でバスを待ち、乗るまで、彼
女は貴志との一日を反芻していた。彼の舐めるような視線の持つ意味について
考えると、何やら薄気味の悪いものが感じられ、彼女はもう忘れようと考えた。
大切な幼馴染でペンフレンドでもある彼を失うのは辛かったが、これ以上関わ
ることの方が怖かった。彼女はバスの車窓から流れる漆黒の闇を見つめた。そ
の闇は貴志の虚ろな目の奥にある闇と同じだった。
「あなたはこれからどこへ行くの?」
彼女は口に出して小さくつぶやいた。
そのつぶやきは開け放たれた車窓から車の騒音にかき消されて闇に消えてい
った。
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ウスバカゲロウの飛翔 サンプル版
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発行元:儲かる稲妻ライティング塾 http://www.writingkouza.com/
著者:麗澤檸檬 info@writingkouza.com
発行周期:月刊毎月25日
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2009年03月29日
塾長・野澤秀宏について
野澤秀宏について
昭和34(1959)年生まれ。国際商科大学(現・東京国際大学)卒業後、某放送制作会社に入社。
平成16(2004)年 4月より、メルマガスタンド「まぐまぐ!」からメールマガジン「Fantasy_since_1959 WebSpace」を発行し、インターネットビジネスとしての小説創作起業の切り口を提唱。週末起業フォーラム登録専門家に認定される。主な著書に『夏少女』(でじたる書房)、『短編集終わらない夏』(プチブック)がある。
平成18(2006)年 4月、NHKテレビ番組「プライスの謎」、月刊ビッグ・トゥモロウ編集部より取材を受ける。同年 5月、公式サイト「儲かる稲妻ライティング塾」がYahoo!JAPANのディレクトリに登録される。
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Doctor: Hide Nozawa